1 民法715条にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」とは、被用者の職務の執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものと見られる場合をも包含するものと解すべきである。したがって、被用者がその権限を濫用して自己又は他人の利益をはかったような場合においても、その被用者の行為は業務の執行につきなされたものと認められ、使用者はこれにより第三者の蒙った損害につき賠償の責めを免れることをえないわけなので、その行為の相手方たる第三者が当該行為が被用者の権限濫用に出るものであることを知るか否かにかかわらず、使用者は右の責任を負うものと解しなければならない。
2 訴外D、同E両名は、鮨加工販売業を営む上告会社のF支店に店員として雇用されていたところ、右Dは上告会社所有の軽四輪自動車を運転し、右Eはその助手席に同乗して、いずれも出前及び鮨容器の回収業務におもむく途次、右自動車の右側方向指示器を点灯したまま走行したので、その右折を予期した被上告人運転の小型自動車と接触しそうになり、そのため、被上告人が訴外人両名に対し、「方向指示器が右についている。危ないじゃないか。」「馬鹿野郎、方向指示器が右についている。もうちょっとでぶつかるとこでないか。」と申し向けたことに端を発し、右3名間でやり取りがあったあげく、右訴外人両名が被上告人に対し暴行を加えたというのである。右事実によれば、被上告人の被った損害は、右訴外人両名が、上告会社の事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有すると認められる行為をすることによって生じたものであるから、民法715条1項にいう被用者が使用者の事業の執行につき加えた損害というべきである
3 上告人は、本件事故の当日、出先から自宅に連絡し、弟の訴外Dをして上告人所有の本件自動車を運転して迎えに来させたうえ、更に、右訴外人をして右自動車の運転を継続させこれに同乗して自宅に戻る途中、本件事故が発生したものであるところ、右同乗後は運転経験の長い上告人が助手席に坐って、運転免許の取得後半年位で運転経験の浅い右訴外人の運転に気を配り、事故発生の直前にも同人に対し「ゴー」と合図して発信の指示をした、というのである。右事実関係のもとにおいては、上告人は、一時的にせよ右訴外人を指揮監督して、その自動車により自己を自宅に送り届けさせるという仕事に従事させていたということができるから、上告人と右訴外人との間に本件事故当時上告人の右の仕事につき民法715条1項にいう使用者・被用者の関係が成立していたと解するのが相当である。
4 使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。
5 民法715条1項が規定する使用者責任は、使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや、自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し、損害の公平な分担という見地から、その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである。このような、使用者責任の趣旨からすれば、使用者は、その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず、被用者との関係においても、損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。以上によれば、被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができるものと解すべきである。