ア 東京拘置所においては、上告人の症状に対応した治療が行われており、そのほかに、上告人を速やかに外部の医療機関に転送したとしても、上告人の後遺症の程度が軽減されたというべき事情は認められないのであるから、上告人について、速やかに外部の医療機関への転送が行われ、転送先の医療機関において医療行為を受けていたならば、上告人に重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されたということはできない。そして、本件においては、上告人に重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されたということができない以上、東京拘置所の職員である医師が上告人を外部の医療機関に転送すべき義務を怠ったことを理由とする国家賠償請求は、理由がない。
イ 医薬品の副作用による被害が発生した場合であっても、厚生大臣が当該医薬品の副作用による被害の発生を防止するために権限を行使しなかったことが直ちに国家賠償法1条1項の適用上違法と評価されるものではなく、右権限の不行使がその許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使は、副作用による被害を受けた者との関係において同項の適用上違法となるものと解するのが相当である。そして、当時のクロロキン網膜症に関する医学的、薬学的知見の下では、クロロキン製剤の有用性が肯定されるまでには至っていなかったものということができる。以上の点を考慮すると、厚生大臣が薬事法上の権限を行使してクロロキン網膜症の発生を防止するための措置を採らなかったことが、薬事法の目的及び厚生大臣に付与された権限の性質等に照らし、その許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるので、国家賠償法1条1項の適用上違法ということができる。
ウ 通商産業大臣は、遅くとも、昭和35年3月31日のじん肺法成立の時までに、じん肺に関する医学的知見及びこれに基づくじん肺法制定の趣旨に沿った石炭鉱山保安規則の内容の見直しをして、石炭鉱山において、有効な粉じん発生防止策を一般的に義務付ける等の新たな保安規制措置を執った上で、鉱山保安法に基づく監督権限を適切に行使して、粉じん発生防止策の速やかな普及、実施を図るべき状況にあったというべきである。よって、昭和35年4月以降、鉱山保安法に基づく上記の保安規制の権限を直ちに行使しなかったことは、その趣旨、目的に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。
エ 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である。昭和35年1月以降、水質二法に基づく規制権限を行使しなかったことは、規制権限を定めた水質二法の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。更に、熊本県知事は、水俣病にかかわる諸事情について上告人国と同様の認識を有し、又は有し得る状況にあったのであり、同知事には、昭和34年12月末までに県漁業調整規則32条に基づく規制権限を行使すべき作為義務があり、昭和35年1月以降、この権限を行使しなかったことが著しく合理性を欠くものであるとして、上告人県が国家賠償法1条1項による損害賠償責任を負う。
オ 労働大臣は、昭和33年5月26日には、旧労基法に基づく省令制定権限を行使して、罰則をもって石綿工場に局所排気装置を設置することを義務付けることはなかったのであり、旧特化則(特定化学物質等障害予防規則)が制定された昭和46年4月28日まで、労働大臣が旧労基法に基づく上記省令制定権限を行使しなかったことは、旧労基法の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、著しく合理性を欠くものではなく、国家賠償法1条1項の適用上適法であるというべきである。
1 ア・イ
2 ア・エ
3 イ・オ
4 ウ・エ
5 ウ・オ